大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(う)1832号 判決

原判示事実は、原判決の挙示する証拠によつてこれを認定するに十分である。弁護人は、本件の麻薬は原審相被告人林炳祥が陳万と称する男から買受けたものであつて被告人から買い受けたものでないと主張するけれども、さような事実を推認し得るような証跡は記録上存在しない。また、弁護人は、本件の犯行は麻薬取締官野田安敏がその身分を秘して林炳祥をおとりに使いなんら犯意のない被告人をして犯意を誘発させて為さしめたものであるから被告人に有罪判決をするのは憲法第十三条違反であると主張するけれども、前記の証拠によると、被告人は、犯意がないのにおとりによつて犯意を誘発されたものではなくて、佐世保市に勤務する麻薬取締官野田安敏が身分を秘し、朝鮮人福本某に麻薬を売つてくれと申し入れたところ、同人は野田を神戸市に案内し、前記の林炳祥を紹介し、林は野田から代金を受け取つて前から大量の麻薬を売買していることを知つている被告人方へ行つて、麻薬を売つてくれと言うと、被告人は、その日に二回にわたり被告人が所持し又は他から取り寄せた本件の塩酸ヂアセチルモルヒネ約五グラム入り合計五包を林に売り渡し、同人はこれを右の野田に交付したものであつて、野田は本件の捜査にあたり、厚生省麻薬取締官兵庫県事務所を通じ厚生大臣の許可を受けて右の麻薬を譲り受けたものであることを認め得られる。そうすると、被告人は、自己の自由意思によつて右の麻薬を譲渡したものであつて、おとりによつて犯意のないものがことさらに犯意を誘発されたものとは言えないし、麻薬取締官が買主となつて麻薬密売の経路を探知し犯人を検挙することが別段違法な捜査方法でないことは、麻薬取締法第五十三条の趣旨からみても明白であつて、本件について被告人を処罰することは、なにも個人の尊厳を害することではないから、憲法第十三条に違反しない。記録を精査しても、原判決には所論のような事実誤認や憲法違反の点はないから、論旨は理由がない。

(註 本件は量刑不当により破棄自判)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!